本展でオートモアイが描く絵画への導入としてディレクターの黒瀧は以下の文章を寄せている。
「絵画とは、見ることと見られることの分業のシステム(法則)であり、また見るものによって見られるものが所有されるためのツール(道具)である。」(森村泰昌 『美術の解剖学講義』p.189)
この絵画論が持つ側面と同時に浮かび上がる暴力性をどれくらいの人が認識出来るだろう。
今回オートモアイが掲げるテーマの中で私が触れるべき点はこの「gaze(まなざし)」という呪術的な力が齎す可能性の話だ。
私論を始めるに当たり、1656年に描かれたディエゴ・ベラスケスの「ラス・メニーナス」に描かれた複数の「まなざし」、見る/見られるという関係性をまざまざと示す作品に触れておきたい。ここで注目すべきはまさに「まなざし」の往来であり、絵画からの「まなざし」が鑑賞者をある意味で置き去りにし絵画同士(しかし一方は存在しない)が向き合い、表象自体に撹乱されてしまう。この絵画同士が織り成す世界の間に立ち入り作品を鑑賞しても「まなざし」ている筈の私が空虚な者と化し絵画からの「まなざし」は私を通り抜け私からの「まなざし」は撹乱に巻き込まれるだけとなるからだ。そう「まなざし」を(は)撹乱に(へ)誘う(われる)。
ここから私が思惟する「gaze(まなざし)」という呪術的な力が齎す可能性に関して言及していく。「始めに見ることと見られること」と「見るものによって見られるものが所有されるためのツール(道具)」という点に関して私がなぜ暴力的であるかと言及したかの補足を行おう。
英の映画研究者であり実作者でもあったローラ・マルヴィは映画理論の方向性を精神分析の枠組みへと移行する視点を加え、フロイトとラカンの概念を「政治的武器」として活かした。その枠組みを活用し古典的なハリウッド映画は必然的に観客を男性的な主題の位置に置き、画面上の女性の姿を欲望の対象として一方的な「まなざし」の方向性を「男性の視線」とした。この時代の男性の「まなざし」は2つあり「のぞき見」(女性を「見られるべき」イメージとして見ること)と「フェティシズム」である。
またジャック・ラカンの自我形成と鏡像段階の概念を利用。幼児は鏡に映る完璧なイメージと同一化することで喜びを得ると同時に幼児のエゴの理想を形作っている点に着目し、観客が画面上の人間の姿(男性キャラクター)との同一化から自己陶酔的な喜びを得る方法に類似していると説明。これらの識別はラカンのメコネサンスの概念に基づきその識別が「認識されるのではなく、それらを構成する自己陶酔的な力によって盲目になる」事を意味している。
つまり男性を「見る主体」女性を「見られる客体」と示唆した。そしてローラ・マルヴィが発表した論文(1975年)とほぼ同時期から制作された彼女の作品は「gaze(まなざし)」の呪術性を語る上で通り過ぎる事は出来ない。そう、シンディ・シャーマンだ。
シンディ・シャーマンの代表的な写真シリーズ「アンタイトルズ・フィルム・スティール」は1977-80が推定制作年とされ映画のセットを利用して制作した広告写真や映画の1シーンを彷彿させる内容で、容姿を模倣しさまざまな女性に扮している。シャーマンによれば1950年代から1960年代の映画に登場するステレオタイプな女性役から着想を得ているという。モチーフとして選んだ50~60年代のハリウッド映画とはまさにローラ・マルヴィが論文の対象年とほぼ一致するのだ。シャーマンの作品を例に挙げた理由はただ一つ「セルフポートレイト」という手法がここまで時代的にも妙さを帯びている瞬間はないと思うからだ。つまりローラ・マルヴィによって「まなざし」の方向性が示唆された後に、セルフポートレートで映画のワンシーンを模倣した作品を制作したシンディ・シャーマンは「まなざし」を自分から自分へ向けたのである。
冒頭ベラスケスの「ラス・メニーナス」を思い出して欲しい。シャーマンは「まなざし」の撹乱に成功したのである。
「見るものによって見られるものが所有されるための道具(ツール)である」
私論はもちろんオートモアイの絵画へと立ち戻る。
本展でのオートモアイは、まさに「gaze(まなざし)」の呪術的な力を多く喚起させる。
私が私論を進めて来たのは全てオートモアイの絵画鑑賞への導入に役立てばとの一心と
「まなざし」の撹乱を行えるアーティストであると信じてやまないからである。
オートモアイの絵画を「まなざし」た、と同時にあなたの「まなざし」が機能することを期待している。
オートモアイは2015年にモノクロドローイングを中心に活動を開始、18年よりカラー作品とキャンバス制作をはじめ、20年11月以降は油彩作品を公開。平面での作品発表とあわせ立体作品も発表している。
澱を泳ぐ
会期 2022/10/26〜11/14
会場 デカメロン
開館時間
火~土 16時~26時
日 16時~24時
月 17時~24時
休館日 無し (24時以降は1Fの営業に準ずる)
鑑賞料 無料