今回の展示タイトルである” The Heart is Beating” は、ある統合失調症の方が死の直前に語った言葉から引用している。「心臓が動いている」という事に違和感を覚える瞬間とはどういうことなのか。精神科医の木村敏(1931‐)は、自己の存在を根底から揺るがすシチュエーションとして、「愛の恍惚、死との直面、自然との一体感、宗教や芸術の世界における超越性の体験、災害や旅における日常的秩序からの離脱、呪術的な感応、分裂病(統合失調症)や鬱病の発症」を挙げている。
統合失調症の症例において、その死は不可解であることも多く、本当の意味で他者から理解されることはないのかもしれない。ただ、多くの場合に人々は出来事に意味を見出し、その出来事を自身の中で理解できる範囲で整理されたものとして片づけてしまう。また木村敏は、常識的日常性の世界公式として1=1 を挙げている。一方で、統合失調症が持つ世界観は1=0であり、1=2、あるいは1=1という流動的な世界観だとして語っている。
分からないものを単純な理解や単純な悲しみなどの情動に身を任せて要因と結果で片づけてしまわず、安易な答えを出さず留保する。分からないものに対して分からないなりに想像を思い巡らしてみるという事が、現代の壊れかけた世界において私は重要だと思う。
そうした想像力が目に映る世界だけでも何かが変わるかもしれない。